もう十五年経ったろうか…。
その年の八月、その頃、何度か食事をした事の有る軽井沢のレストランに、講演
の原稿を書く為に一人で軽井沢に出掛けた。
店の名前は“ホワイトラブ”だったと思う。
名前を聞いただけだと、ラブホテルに勘違いされるのが困りものだったのを覚えて
いる。
軽井沢駅から、三笠通りを旧軽に向かい、突き当たった旧軽ロータリーをUターン
する感じで、一本西の道を下ると、程なく走った右側に有るレストランだ。
看板も余り目立たず、店自体も道路から少し引っ込んだ感じなので、正直言って、
分かり難いかも知れない。
全体的に白を基調とはしているが、少し古ぼけた感じで、良く言えば、レトロとかア
ンティークっぽいと言える雰囲気の洋食の店だ。
夏の盛りには、オープンガーデンで食事が出来たので、軽井沢に出掛けるたびに
良く寄ったものだ。
今から書く事と一緒で、今と成っては昔話に成るが、離婚する直前に、別れた妻と
塩沢湖の近くに有るペンション“ノームの森”に宿泊し、先々の事を話し合った帰り
にも寄って、いつもの“ポークソテー”を一緒に食べた記憶が有る。
だから、事有るごとに良く立ち寄った店だった。
その日、いつも通りに、“ポークソテー”をセットメニューでオーダーし、食べ終わる
と、原稿を考えながら食後の珈琲を飲んでいた。
すると、何処からか視線を感じた私は、あたりを見回してみたが、誰に見詰められ
ているでもなく、自分の勘違いだと思い、再び原稿を書き始めると、やはり、何処
からか視線を感じたので、何気なく、ふと、後ろを振り返ると、丁度同年代の品の
良い女性がこちらを見て微笑んでいた。
まさか自分に対する微笑とは思えなかった私だったが、気に成っていたので声を
掛けてみた。
“何か?”
“ごめんなさいね。”
“はぁ。”
“とても美味しそうにお煙草を召し上がっているもので、ついつい…。”
“そうだったんですか。”
そんな簡単な会話から始まった出会いでした。
それをきっかけに、店の中に移り、一時間程お互いの事を話したが、名前や電話
番号など、差し支えの有りそうなお互いのプライバシーには一切触れず、軽井沢
に来た理由とかどうでも良い会話に終始して、そのまま別れた。
今にして思えば、お互いのプライバシーには一切触れずにと言うよりも、名前とか
電話番号を聞き出す勇気が無かったのが本音だった気もする。
別れてから一時間程、そのまま原稿を書いてはいたが、その女性の事が気に成
って、結局、原稿は書き上がらなかった。
帰り際、店の人に、その女性の事を尋ねてみたが、初めて来たらしく、何も手掛か
りと成る事は聞けなかった。
何も分からない事で、返って、後ろ髪を引かる結果に成ってしまった私は、それか
ら一年、時々、“ホワイトラブ”に出掛けて食事をしたが、その女性の事を思い出し
ては、窓側の角の席に座り、直ぐ横に置いて有る自動演奏のピアノが奏でるビー
トルズの曲を聴きながら、何処か淡い感情に浸り続けていた。
そして、一年後の“その日”、再び軽井沢に出掛けた私は、もしやと思い、ある行
動を起こした。
いつもの窓側の角の席に座り、自動演奏のピアノが奏でるビートルズの曲に耳を
傾けながら、店の総ての席に置いて有った“落書き帳”にペンを走らせた。
“お元気ですか?”
“ウィンストン、まだ吸ってます。”
それから五年の間、毎年同じ日に出掛けては“落書き帳”に同じ事を書き続けた。
そして、その五年目の秋、離婚をした妻と食事に寄り、最後の言葉を書いた。
“お元気ですか?”
“ウィンストン、まだ吸ってます。”
“今日は、私の妻と食事に来てみました。”
“ただ、一週間後の結婚記念日に離婚します。”
それが最後の伝言だった。



